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鹿児島地方裁判所 平成元年(レ)27号 判決

主文

一  控訴人は、被控訴人に対し、金三九万八〇〇〇円及びこれに対する平成元年一〇月二一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被控訴人のその余の請求を棄却する。

三  当審における訴訟費用は、控訴人の負担とする。

四  この判決は被控訴人勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  被控訴人

1  控訴人は、被控訴人に対し、金三九万八〇〇〇円及びこれに対する昭和六三年一〇月六日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。(当審において訴を交換的に変更したが、本件請求は、その新請求である。)

2  当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

との判決と仮執行の宣言。

二  控訴人

1  被控訴人の請求を棄却する。

2  当審における訴訟費用は被控訴人の負担とする。

との判決

第二  当事者の主張

一  被控訴人の請求の原因

1  被控訴人は、訴外共和通信建設株式会社(以下「共和通信」という。)及び訴外サン・シック有限会社(以下「サン・シック」という。)と、それぞれ、右訴外会社らを加盟店として、その取扱商品を割賦販売、ローン販売もしくは立替払の方法により販売し、またはリースする旨の契約を締結した。

2  被控訴人は、昭和六二年七月三日から同年九月二四日までの間に、四回にわたり、訴外荒田龍郎他三名の購入者に割賦販売する目的で、エアコン一台他四点の電機製品を、加盟店たる共和通信から、価格合計四〇万〇四〇〇円で買い受け、右各購入者にそれぞれ割賦販売した。

3  被控訴人は、右買受代金を、共和通信指定の訴外肥後銀行上通支店の当座預金口座に振込んで支払うべきところ、これを事務処理の過誤により、サン・シック名義の控訴人西田支店の普通預金口座(口座番号〇〇二九八二六四)に、昭和六二年七月三〇日に一九万四〇〇〇円、同年八月二九日に一五万四〇〇〇円、同年一〇月一五日に五万円、合計三九万八〇〇〇円(以下「本件振込金」という。)をそれぞれ振込む手続きをなし、控訴人において、これに基づいて、本件振込金をサン・シック名義の右普通預金口座に入金する処理をした。

4  右過誤は、右両社が、ともに被控訴人の加盟店であり、両社に関する事務が、ともに被控訴人福岡支店鹿児島クレジットセンターによって取扱われていたこと、右センターが、サン・シックの銀行口座番号を、共和通信の銀行口座番号と取違えて被控訴人の本社に支払依頼報告をしていたこと、振込の手続きは、被控訴人の本社において大量一括して行われていたことにより生じたものである。

5  本件振込金は、振込依頼人である被控訴人と受取人でありサン・シックとの関係では、客観的に、同社が実質上正当な受取人と指定される取引上の原因関係を欠いているから、これがサン・シックの控訴人に対する預金債権となるものではなく、従って、控訴人において、本件振込金相当の利得を得ているといえるところ、控訴人が、これを受領すべき法律上の原因は全くないから、不当利得として被控訴人に返還すべきものである。

6  よって、被控訴人は、控訴人に対し、不当利得返還請求権に基づき、本件振込金相当の不当利得金三九万八〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達による請求の日の翌日である昭和六三年一〇月六日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する控訴人の認否及び主張

(認否)

請求の原因1ないし4の事実は認めるが、同5の主張は争う。

(主張)

振込の場合、仕向銀行から被仕向銀行に通知が発せられ、被仕向銀行において受取人の預金口座に入金処理した後は、銀行の過誤で別人の預金口座に入金したのでない限り、受取人の何らの行為を要することなく受取人の預金となり、送金の原因となった法律関係の成否に影響されないと解するべきである。なぜならば、今日の銀行実務では、振込による為替取引においては、仕向銀行で手続きがとられると、機械的に即座に被仕向銀行の受取人の口座に自動的に入金処理がなされ、被仕向銀行の受取人の元帳に記帳されるのが一般的であり、被仕向銀行においては、個々の振込金が振込口座を誤ったものか否か、あるいは、振込依頼人の意図がいかなるものであったか等は、全く知る余地がないものであるところ、被控訴人の前記主張のように、いわゆる誤振込の場合には当該振込金が受取人の預金債権とならないとすると、被仕向銀行は、自己に何ら過誤のない場合でも、預金にならない振込金の払出しがなされないように、常にその実質関係を調査しなければならなくなり、それは実務上非現実的といわなければならないからである。

第三 証拠〈省略〉

理由

一  請求の原因1ないし4の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件振込金が、サン・シックの預金となるか否かについて検討する。

1  振込における受取人と被仕向銀行との法律関係は、その預金契約により、あらかじめ包括的に、被仕向銀行が為替による振込金の受入れを承諾し、その受入れの都度、当該振込金を、受取人のため、その預金口座に入金し、かつ、受取人もその入金の受入れを承諾して預金債権を成立させる、準委任契約と消費寄託契約の複合的契約であるということができるところ、当事者双方の合理的な意思からして、右の事前の包括的な消費寄託契約の意思表示は、無限定のものではなく、客観的に実質上正当な振込金の受取人と指定されるべき、取引上の原因関係の存在を前提としているものと解するべきであり、従って、そのような原因関係を欠く、いわゆる誤振込金については、右の事前の包括的な意思表示には含まれれず、その預金債権とはならないものといわなければならない。

2  前示一の事実によれば、本件にあっては、被控訴人とサン・シックの間には、サン・シックにおいて、本件振込金を受領すべき取引上の原因関係のないことが明らかであるから、控訴人において、本件振込金をサン・シックの預金口座に入金処理しただけでは、それがサン・シックの預金債権となるものではなかったというべきである。

3  なお、控訴人は、今日の銀行実務における振込の取扱いは、機械的自動的に行われており、被仕向銀行において振込依頼人の意思は知ることはできないから、右2のように解する限り、被仕向銀行としては、各振込金の払戻しをする際には、その原因関係の存在を一々確認する手続きが必要となるところ、それは不可能を強いることに他ならない旨主張する。しかしながら、被仕向銀行が、誤振込が原因で受取人のため払戻しその他の現実的出捐をしたとしても、それが預金債権が真正に成立したものと誤信してなされたものであれば、被仕向銀行は、振込依頼人に対し、利得の現存する限度、すなわち出捐分を差し引いた限度で返還義務を負うにすぎないと解されるから、出捐に際して控訴人主張のような煩瑣な手続きを経る必要は全くなく、従って、当裁判所の前記解釈は、現行実務の中にあっても被仕向銀行の保護に何ら欠けるものではない。反面、控訴人主張のように、振込依頼人の意思のいかんにかかわらず、振込金が受取人の預金債権となるとした場合には、被仕向銀行が、受取人に誤振込があったことを奇貨として、受取人に対する回収不能債権と、右振込金による預金債権とを相殺し、それによって、本来であれば回収不能の債権の回収を図り、その結果、誤振込の依頼人においては、誤振込金の回収が不能となるような事態が生じうるが、このような結論は、公平の見地からして容認すべからざるものといわなければならない。

4  以上により、本件振込金は、サン・シックの控訴人に対する預金債権となるものではなく、控訴人において、本件振込金相当の利得を保持しているものというべきであるところ、控訴人が右利得を取得する法律上の原因のないことは明らかである。

三  よって、被控訴人の請求は、本件振込金相当の利得金三九万八〇〇〇円及びこれに対する被控訴人が不当利得返還の請求を明示した「訴変更の申立書」を当審口頭弁論期日において陳述したことが記録上明らかな平成元年一〇月二〇日の翌日である同月二一日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九二条、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下村浩藏 裁判官 松本清隆 裁判官 手塚 稔)

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